交換日記

ももちゃん

P.39

西麻布の店で、その男の人を初めて見たとき、この人は他人だと思った。この男の人は自分とは別の人間だということが、まるで体臭のように伝わってきた。よく磨かれた半透明のガラスの板がわたしたちの間に立て掛けられているようだった。たとえばトシと一緒にいるときにはそういうことは思わない。もちろんわたしとトシは違う人間だ。だが、別に抱き合ったりエッチをしていたりするわけでもないのに、トシと一緒にいるだけで、自分のからだとトシのからだの境界が曖昧になることがある。たとえばわたしはテレビを見ていて、トシも同じテレビ画面を見ている。同じ箇所で二人は笑う。テレビを見て笑っているのか、一緒に笑うためにテレビを見ているのかわからなくなってくることもある。またたとえばわたしが雑誌を読んでトシはコミックスを見ている。そういうとき、違うものを見ているのに何だか溶け合っているような感じがする。トシの部屋が広くないせいかも知れないが、トシの部屋にいるとき、自分とトシのからだや心の境界がわからなくなる。そういうときには、時間的な境界も溶けていくような気がする。過去と現在と未来が混じり合って、自分が一億年も前からこうやってトシと一緒にテレビを見たり雑誌を見たりしていて、これからも永遠にテレビを見たり雑誌を見たりするのだろうと思ってしまう。それはぞっとする感覚だ。